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日馬富士の暴力について考える。スポーツ選手は人間の鑑みたいな風潮について

あとで読む

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日馬富士の暴行ニュース

 

どうも、Naonosukeです。

日馬富士が暴行したというニュースが、連日報道されていますね。

 

そこでみなさん思うのは「なぜ横綱があんなことしたのか?」って事じゃないですか?

 

これが例えば横綱なんて称号のないその辺の太った人が誰かを殴ったとしたら「こいつクズすぎ」と真っ先に批判するのに、「横綱」という称号がをもった人間だったらまず「どうして?」という疑問のクッションを置かれるかと思います。

 

その証拠に連日メディアも起こるはずのない事件が起こってしまったかのような報道の仕方をしていますよね。

あと相撲界に限らず、野球とかサッカーとかなんでもそうだけどプロのスポーツが不祥事起こしたら「どうしてこうなった?」という守りの体制から入るよね?

 

これはプロアスリートは人間の鑑みたいなイメージを持っているからじゃないでしょうか?

 

しかし、今一度しっかり考え直してほしい

果たしてアスリートの不祥事はそんなに衝撃の走る出来事なのだろうか?

 

 

暴力・権力・上下関係と

 

学生の頃の野球部とかサッカー部の奴の事を忘れたのか??

 

学生の頃いわゆる「陰キャ」だった私は野球部やサッカー部という「イケてる部活」の人間からオブラートに包めば「イジり」、ストレートに言うと「精神的苦痛・暴力」を受けていた。

 

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・・・

 

う、うわああああああああ!!!!!落ちろ落ちろ落ちろ!!!(スコップを振り回しながら叫ぶ)

 

すみません、取り乱しました・・・・

と言うのは冗談で、今でこそ思うのは当時の彼らも理不尽な監督や先輩たちから受ける精神的苦痛・暴力を受け続けた結果何か救いが必要だったのだろう。

もちろん、暴力や圧力で人を虐げるという手段は論外ではありますが。

 

 

違う視点から言うと、当時野球やサッカーといった部活をしていた人は監督や先輩たちからの理不尽なオブラートに包めば「イジり・愛情表現」、ストレートに言えば「精神的苦痛・暴力」を受けてきたかと思います。

 

もちろんこの行為によって精神的な成長や打たれ強さが鍛えられるかもしれない。だから100害あって1利無し。とは言わないけど、精神的苦痛・暴力を受け続けた結果残る傷跡はあまりに深く残ると私は思う。

 

そしてそういった極限の上下関係で育った人間は部下が出来た時、自分が受けてきた精神的苦痛・暴力をそのまま部下に繰り返してしまう。

1年の頃先輩にシゴカれたから、自分が3年になった時自分がされたのと同じように1年をシゴいてやる。というのはよく聞く話じゃないでしょうか?

 

行為そのものは最低だけど、彼らもその行為しか知らないわけで、そして何より相手のためになるとか思っちゃってるからこの負の連鎖はそう簡単に断ち切れない。

 

さっきも書いたけど、この行為によって精神力や根性ってモノが鍛えられるかもしれない。しかしそれ以前に現代の日本で他人に精神的苦痛・暴力与える行為は犯罪である。

疑うなら、部下にするようにその辺歩いているオッサンに「このハゲ!!!!!」って言って顔面を殴り続けてみたらいい。間違いなく捕まるから。

 

 

そういった「暴力・権力・上下関係」という最も知力の要らない術で世渡りしてきた彼らである。(もっと、知性的な対応の仕方はいくらでもあるはずです)

そんな彼らが尊敬すべき記録を作ったからと言って果たして尊敬できる人物になるだろうか?

 

もちろん、記録も素晴らしく人間的にも素晴らしいアスリートはたくさん居ます。

しかしその中で記録だけ先行して人間性の追いついていないアスリートも少なくないと思う。

 

現代の日本社会では暴力は犯罪である。しかし彼らは上下関係を利用して暴力と権力で人を従わせる事しか知らない。

だから、そんな彼らが暴力事件を起こしたとしてそんなに珍しいことだろうか?

 

信号無視したら車に轢かれるくらい因果関係がはっきりしていると私は思う。

そして、暴力を振るわず大人な対応する人間が素晴らしいとされるこの世の中で暴力と権力と上下関係で育ってきて同じことを繰り返す彼らは本当に人間の鏡と言えるのだろうか?

※もちろん、人間的に素晴らしいアスリートの方はたくさんいます。過去に受けてきたであろう精神的苦痛や暴力、上下関係の負の連鎖を断ち切った強い方だと尊敬します。

 

暴力は歯止めが効かなくなる

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あとね、日馬富士も最初からビール瓶で人のこと殴りまくる奴では無かったと思う。

多分最初はそんなにキツいことはしなかったと思う。

 

例えば最初は殴るだけでも良かったのが、同じ相手に何度も腹を立たせられると、同じ出来事であっても前以上の暴力を振るわないと気が済まなくなるのである。

麻薬と同じだ。同じ量じゃ満足できなくなるってやつ。

 

私も幼少期に虐待を受けていたんだけど、虐待初期だったら平手打ちで済むような出来事も虐待後期になると同じ出来事でも爪でほっぺたの皮を掻き剥がされるまでにエスカレートしていた。

関連記事  自己紹介がてらNaonosukeの半生を書いておくよ。

 

だから、暴力は愛情表現だ。とか本人の将来のためとか色んな正当化する理由を聞くけど、振るわないのが一番だと思う。

底なし沼の深みにハマるのは暴力を振るう方である。

 

そして、暴力を振るわれる方は無能ではない。あなたは確実に成長している。ただエスカレートにエスカレートを重ねた加害者が求めるハードルの高さが以上に高くなってしまっているだけである。あなたは悪くない。

 

 

という風に、暴力は同じ悲劇を繰り返しやすい性質がある上に麻薬のような依存症もある。

私は部下や子供が出来ても断固暴力反対だ。

 

 

では失礼します。

ここまで読んでいただきありがとうございます。